皆様、羽田空港のすぐそばに、高度成長期から続く鉄鋼団地があることをご存じでしょうか。
元日に京浜島つばさ公園で初日の出を拝んだ帰りに昭和島を通りかかりました。正月休みの早朝とあって静寂に包まれた風景でしたが、ここには今も羽田鉄工団地が存在しています。
羽田鉄工団地は、東京モノレール昭和島駅のある昭和島に位置し、その歴史は1967年(昭和42年)に遡ります。当時、東京都内の鉄工業者46社を中心に協同組合が設立され、東京都第1号の公害防止工場団地として誕生しました。また、都内では数少ない工業専用地域でもあります。
私自身、大学時代の2年間、この羽田鉄工団地内の工場でアルバイトをしていました。主な仕事は、工場で生産された製品や部品を東京都内のお客様の工場へ配達することでした。当時はまだ東京モノレール昭和島駅が開業前(1985年(昭和60年)開業)で、大森駅からバス通勤でしたが、通り過ぎるさまざまな工場から発せられる機械の音、独特のにおい、仕事ぶりを見ながら、どんな製品を作っているのか想像するのが楽しかったものです。
また、工場団地内の企業対抗野球大会にアルバイトながら参加し、炎天下で真っ赤な顔でプレーする職人の先輩方から、缶ビールは野球を観ながら飲むものでなく、野球をやりながら飲むものであることを教わったのも良い思い出です。
大田区といえば、町工場のイメージが強く、最近では最先端の技術が終結している羽田イノベーションシティが話題になることが多いですが、組合企業の入れ替わりはあれども、激動の時代を生き抜き、日本の礎を築いてきた歴史ある工場団地が存在することを、もっと多くの人に知ってもらい、そのエッセンスを探ることで、大田区の中小企業の未来に繋げていけたらと思っています。
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(星野 純)